最古の治水の歴史を有する地域の一つが
最古の治水の歴史を有する地域の一つがメソポタミア(シュメル)である。メソポタミアでは、紀元前5000年までに2本の大河 - ティグリス川・ユーフラテス川の氾濫原で農耕(氾濫農耕)が始まったとされている。同地域での治水・潅漑の開始時期は、後期ウバイド文化期の紀元前4300年 - 紀元前3500年頃と考えられている。この時期の治水は、洪水時に河川から溢流した水を人工のため池に貯水するものであり、人工池の水はその後、用水路を通って農耕地へと供給された。すなわち、治水は潅漑と表裏一体の関係にあった。
紀元前18世紀頃にメソポタミアを統一したバビロン第1王朝のハンムラピ王の時に、ティグリス・ユーフラテス両河の治水体系が整備された。両河川の流域では毎年5月に上流の雪解け水に由来する洪水が発生していたが、洪水時の溢水を収容するため、両河川を結ぶ数本の大運河と、大運河を連結する無数の小運河の大運河網が作られた。これにより洪水の被害が軽減されるとともに、運河に溜められた水は潅漑に利用された。
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ハンムラピ王期に建設された治水体系は、その後、アケメネス朝(紀元前6世紀 - 紀元前4世紀)・サーサーン朝(3世紀 - 7世紀)に継承され、アッバース朝前期(8世紀 - 9世紀)には、運河網が再整備されるなど、非常に長い間命脈を保った。しかし、10世紀以降は政治体制の混乱に伴ってメソポタミア地域の治水は次第に衰退していき、イルハン朝(13世紀中期 - 14世紀中期)およびオスマン帝国(14世紀 - 20世紀前期)において治水体系の再建が試みられたこともあったが、バビロン王朝盛時の高度な治水体系が再び復活することはなかった。
古代エジプトもメソポタミアと同じく、ナイル川という大河川の氾濫原に農耕が発生した。ナイル川上流域(エチオピア・ウガンダ周辺)では毎年6月に雨季が訪れ、多量の降水がナイル川に注がれる。多量の雨水はナイル川の長い流路を下っていき、9月 - 11月に下流域のエジプトへ洪水となって押し寄せる。